第46回日本産婦人科医会学術集会
会長挨拶
第46回日本産婦人科医会学術集会
学術集会長 木下 勝之
第46回日本産婦人科医会学術集会 会長

 本会は1949年(昭和24年)に創立以来、今年で70周年を迎えました。そこで、
 10月12日(土)に、まず記念式典を挙行し、引き続き祝宴を兼ねて学術集会懇親会を開催いたします。そして、その翌日10月13日(日)に、第46回日本産婦人科医会学術集会を本部主催で開催することにいたしました。

 顧みますと、1948年(昭和23年)に優生保護法が成立、翌1949年(昭和24年)4月、優生保護法指定医師からなる「日本母性保護医協会」が創設されました。この産婦人科学術組織が本会の母体であります。本会は定款に定めるように「母子の生命健康を保護するとともに、女性の健康を保持・増進すること」を基本理念として、本日まで優生保護法や母体保護法に関する問題だけではなく、わが国の「母子保健の推進」のために活動してきました。その間、本会会員のためには、生涯研修を充実させ、医療の質の向上だけでなく、診療所や勤務医の経済的安定をも目指してきました。また、この複雑な現代社会にあっては、産婦人科領域でも突発的に重大問題が発生します。そのような時も、関係部門の役員を中心に他領域の有識者の指導を仰ぎ、あるいは新たにプロジェクトチームを立ち上げて問題解決に当たることで、本会は、着実に発展して今日に至っています。
 例えば、1996年(平成8年)優生保護法からすべての優生思想を排除して母体保護法が成立した頃より激しくなった、宗教団体による母体保護法厳格化の運動、1970年代に繰り返された出産給付に対する現物給付問題、2004年(平成16年)から始まった看護師内診禁止問題、2000年代の医療事故に対して頻発する刑事訴追、産科医療訴訟の増加、分娩施設の撤退、減少する産科医師、産婦人科医師の過重労働、産科医療崩壊の危機、そして、2013年(平成25年)6月のHPVワクチン接種の積極的勧奨中止、2018年(平成29年)医師の働き方改革等々、重要な問題が発生しました。しかし、2013年以降の問題を除き、いずれも、辛抱強く、難問の解決に当たり、困難を乗り切ってきました。
 この創立70周年記念式典にあたり、まず、今日までの本会先輩諸兄と現在の役員のご活躍に敬意と感謝をささげたいと思います。次いで、これからの10年を見据えた本会の取り組みの方向性を述べたいと思います。日本の社会は、インターネットが普及し始めて20年が経過しました。そしてスマホが世に出て10年が経ちました。今では、スマホを持たない国民はいないほどに広がっています。今日では、人工知能(AI)によるビッグデータの解析が進み、深層学習deep learning により、パターン認識や翻訳など、その応用範囲は益々広がっています。さらに、通信・情報技術の進歩は産業界の仕組みを変えただけでなく、現代社会はSNSが当たり前となり、現代人の心の在り方、人間関係、特に母と子の関係性にも大きな影響を及ぼしています。
 わが国母子保健の最大の問題であった脳性麻痺児の出産や妊産婦死亡対策は功を奏しました。このような妊産婦の身体的異常への取り組みだけでなく、今日のデジタル社会では、増加する児童虐待、育児ができない産後うつ病や精神失調の母親に対する心のケアの重要性が年々増大しています。そこで、新たに母子保健部会を中心にして、「妊産婦メンタルヘルスケア体制」の構築を2015年から始めました。そして、昨年以来Harvard 大学、Center on the developing child と連携して、育児の意義に関するビデオを日本語に翻訳して、すべての母親に視聴してもらう取り組みを始めました。
 この活動の趣旨は、母の育児は0歳から5歳までの乳幼児の脳の健全な発育を支援することであり、母親の声掛けに反応する児とのサーブアンドリターンの関係が育児の基本であるとの考えを広めることです。そして、本来の母と子の関係はスマホに依存することなく、今までの日本人が当たり前としてきた健康な甘えに基づく、子の愛着形成を作り上げることですから、母と子を支援する活動を本会の柱の一つに据えました。
 今日のデジタル社会でも、社会は人間の関係性で成り立っています。人間関係の基礎は母子関係にあります。今日では手遅れの活動かもしれませんが、妊婦の時代から、母の子育ての意義を伝えて、実践に備えることこそ私どもの変わらぬ姿勢として、ご支援いただきたくお願いいたします。

 この70周年記念式典の翌日に、第46回日本産婦人科医会学術集会を開催します。
「AIでも超えられない産科医療」をテーマとして研修部会の小林浩常務理事を中心にプログラムを作成しました。今回の特徴は、多くの若手医師の参加を期待して、日本専門医機構必修講習を並べたことです。第2会場では、母体保護法指定医師研修会を開催いたします。
 今日のAIの進歩はめざましく、医学医療の領域でも診断、画像診断、悪性腫瘍治療法の開発へとその応用は広がっています。がん治療の研究の領域でもAIは、有意義な研究方法となっています。そこで、基調講演として、「産婦人科領域におけるエクソソーム研究の意義」国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野長 落谷 孝広先生にご講演いただきます。
 一方、既に中国ではテレビのアナウンサーが人間とまったく見分けがつかないロボットで登場する時代になりました。むろん、ロボットは、指示されたことをしゃべるだけレベルではなく、人と会話ができること、人の心が分かるレベルのロボットの作成を目指しています。AIは、深層学習によって、パターン認識の能力が向上したことから、言葉の意味を理解するという概念獲得の夢を追求しています。しかし、どんなにAIが脳の機能に近づいても、機械が人間の脳を越えることはあり得ませんし、人間の本来の価値を機械にゆだねることに情熱をかける意義を認めません。
 分娩の進行を観察し、急速遂娩を判断したり、帝王切開の適応の有無を決めたりするロボットの出現は期待できません。これこそ、最後まで、産婦人科医の役割として残る課題です。つまり、AIは医師の仕事のどこに役立つかを冷静に見る必要があります。
そこで、「AIでも超えられない産科医療」と題して、AIは、妊娠分娩管理のどこに、どのように役立つかを、考えてみたいと思います。
 午後は、日本専門医機構必修講習である感染対策、医療安全、医療倫理関連の内容を順次ご講演いただくこととしました。
 また、第2会場では、東京産婦人科医会と日本産婦人科医会の共催で母体保護法指定医師研修会を行い、この研修会終了時に参加した会員には、更新に必要な参加証を発行いたします。

 10年に一度の創立記念式典と学術集会は、本部主催で行います。既に述べたように、情報通信技術の進歩はAIを中心としたデジタル社会になり、社会がいかに便利になろうとも、本会会員は、ロボットでは絶対にできない、本来の人間の心、母子の関係性、人としての肉体的・精神的健康、根気強さ、注意深さ、意欲、自信、協調性、責任感、優しさといった価値が、人々によって見直される時期が必ず来ると期待したいと思います。
 多くの会員の皆様のご参加をお待ちしております。